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昭和61年、私が65歳の時のことでした。とある新聞の ”狛江ボタニカルアート同好会” という紹介記事に目が留まりました。「ボタニカルアート」。初めて聞く言葉でしたが、水彩で写実的に美しく花の絵を描くというのに興味を引かれた私は、ちょっと見学だけのつもりで出かけたにもかかわらずすっかり魅せられてしまい、その場で狛江だけでなく清瀬の教室と両方通うことに決めてしまいました。そして藤島淳三先生と出会いました。(東京都狛江市・東京都清瀬市)
私は絵を描くのが嬉しくて夢中になりました。しかし水彩絵の具の扱いの難しさには悪戦苦闘しました。絵皿にこれだと思う色を作っても、紙に塗ってから乾くと思った色とは全然違ってしまう、ならばと上に色を重ねると下に塗った色が剥げてくる。筆跡だって植物にはもちろんありません。どうしたら綺麗に塗れるのか、何か教本はないかと本屋を探しますが、当時はなにもありませんでした。
1月後、狛江の教室では毎年5月に生徒の作品を展示し、それを先生が批評します。私は5枚もの絵を描いていきましたが、「なんて汚い塗り方だね」などと言われることを覚悟していたら、「やぁ、頑張りましたね」と言ってくださったのです。そして「花の心を描きなさい」と仰るのです。その時の私には理解できませんでしたが、もし私が花だったら「一生懸命咲いている一番美しい姿を描いて欲しい、実物より汚く描いてはイヤよ」と言うに違いないと思い、ならば美しく生き生きした植物を描けるようになろうと一応納得しました。後に花の心とは描く人の心だと思い当たりましたが、その時先生はもうこの世にはいらっしゃいませんでした。
「苦労しなければいい絵は生まれませんよ、これはというのは年に2、3枚かな」
「綺麗なんだけど、それだけなんだよなぁ」
「イラストならこれでいいが、ボタニカルアートとしてはね・・・」
先生は同じ植物画でも、資料画(標本画)と「ボタニカルアート」をはっきり区別していらっしゃいました。学術的視覚で対象の真の姿をとらえる図解的植物画と、それに美術的視覚を加えて芸術的完成度の高い鑑賞に堪える域にまで達し”アート”となったもの、それが「ボタニカルアート」。今では植物画=ボタニカルアートと思われている感じがしますが、先生方が『日本ボタニカルアート協会』と名づけて会を結成された時は、学術的なイラストとは明確に違う、美術的完成度の高い原画を鑑賞してもらう為の展覧会を発足させることが目的だったのです。欧米のように植物画を額装して室内に飾り、鑑賞する習慣が日本にはなかったのです。
(海外ではボタニカル・イラストレーション [ Botanical Illustration ] といいます。「ボタニカルアート」という言葉は先生方が日本にこの芸術を定着させようと考案したのです)
いずれにしても正確な写実が出来なくては始まらないことだけは解かりました。それには水彩絵の具をマスターしなければなりませんでした。そんな時、本屋で林炎星先生の「植物画の描き方」という本を見つけました。薄めた色を何回も重ねてムラなく塗る方法とか影のつけ方などを教えられました。後に作品展をした時、御礼を込めてご案内申し上げたところ、わざわざ画廊までお出かけになって下さいました。
花は描くのが楽しかったのですが、葉は大変でした。たとえ花が良く描けたとしても、葉が悪いとその絵はダメになってしまいます。ならばと私は葉ばかり描きました。ムラにならぬよう、下塗りをやっている中にハイライトがだんだん小さくなってしまったり、形・色はもとより、薄いの、厚いの、つやの有る無し、デコボコしたの、ケバっぽいの、色々描き分けるうちにいくらか描写力がついてきました。先生は「花より葉のほうが上手いひとは初めてだよ」と笑っていらっしゃいました。
私は更に描写力を上げるため、夢中で描き続けました。そんな中で陰の重要性に気づきます。ただ立体感を出すためのものではない、暗い色を塗ってよしなどという単純なものではないのです。室内であっても時間によって光や陰の色が違います。そうすると今まで見えなかった色が見えるようになってきました。光と影の織り成す美、美しい陰を捕らえることができるようになると絵に深みが出てきました。そんな時、先生から「写実はもういいから、これからは製作に取り掛かりなさい」と言われました。正確で細密な写実が出来るようになれば、それでいいと思っていた私はまたも?でした。今までのことは入り口に過ぎないのだと知らされたのです。ここから「ボタニカルアート」になるには、どこをどうしたらいいのか皆目わかりませんでしたが、完成度の高い絵を見て、一枚でも多く描く事より外はないと思いました。そんな時、私は初めてB3サイズの絵を描きました。大きさが倍になると、倍以上の力がいります。花の数が2本、3本となると、それぞれの位置関係などから色々な関わりが生まれてきますから、それをきちんと捕らえなければなりません。用紙の真ん中に1本描いていたのとは大違いでした。そして何度も何度も描き直すうちに写実だけでは足りない何かを捕らえなくてはならないと自然に解ってきました。そしてそれが「ボタニカルアート」なのだとおぼろげながら思えてきました。
ある時、藤島先生は「外国のものはどうも好きになれないよ」と仰ったことがあります。まれに装飾的で様式化され、造花を描いたみたいのがありますので、自然の光の中で生きている花を好まれた先生には合わなかったようです。また写実に徹するのもいいけど、余りにリアルで、グラビアのカラー写真を切り抜いて貼り付けたような絵も「資料画なら良いが」と仰っていました。私は構図・色調・写実・細密のバランス(調和)こそ全てと思っております。
「ボタニカルアート」という言葉は今ではすっかり広まりましたが、安易に流れてレベルが低くなり、昔のよさが失われてしまうのも悲しい気がします。分解図や断面図、根が描いてあれば植物画でそれが「ボタニカルアート」と思う人もいるようですが、形や色彩ばかりでなく質感も生命感も表現しなければ真の「ボタニカルアート」とは呼べないと私は考えます。
2007年2月 澤田 佳歩
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